産まれる

ライフワークバランスなんかない「パパ予備軍」が「パパ」になるまで

  • #パパ予備軍
  • #陣痛

29歳で父親になった私は大手出版社に勤務する編集者。全国のコンビニで買える週刊誌を担当するという誇りには満ち溢れていたけれど、働き方改革が全盛のこの時代でもいまだに徹夜上等、死ぬ気でネタを足で拾ってこいのセカイが広がっている。ライフワークバランスなんてものはなく、上がっていくのは肩書のみ…。

仕事の忙しさとは関係なく、子供は授かるもの

そんな編集者生活が続いていたある日。都内ホテルの記者会見場に私はいた。締め切りまであと45分ほどという切羽詰まった時(この瞬間がたまらなく楽しいから編集者ってのは厄介だと思う)。会見場の床で鬼の形相で原稿を書いていた時に妻からのLINEがきた。普段ならこのタイミングで目を通さないのだけれど、なにか虫の知らせのような気もして開いてみた。

「赤ちゃん、お腹にいるみたいよ」

テレビドラマなら「ヤッター!!」と言ってきっと飛び上がって周囲の人に白けた顔をされるシーンだろうけど、なぜか喜びを感じつつも妙に冷静な自分がいる。冷静に考えると自分のDNAをこの世界に残すという、とてつもなく壮大なことを成し遂げているのに!!

まるで鳥取にスターバックスができましたくらいの遠いニュースな気がしていた。しかしそんなことを考えている間にも赤ちゃんと母体はすさまじい速度で変化を続け、私にとっても夫から父親への移行期間が始まった。

役に立ちたいからこそ、力不足だと自覚する

職業柄、本に困らないのは嬉しい。社内のライブラリーをみて、妊婦には葉酸が必要だとか場合によっては生ハムを食べちゃダメとか、魚もマグロやカツオは水銀が含有されているので避けたほうがいいなど、ひととおり知識を蓄える努力をした。きっとこれからパパになる人にとって、このような妊娠中の奥さんが避けるべきことをしっかりと勉強するのは大切な第一歩だ。

とはいえ相変わらず取材に追われる日々で帰宅は午前様。朝食を用意してくれる妻のお腹がみるみると大きくなってきた。妻が出かけ際にDVDをくれた。出社後にデスクで再生してみる。エコーで見た我が子は口の前に手を広げ、そしてとてつもない力強さで心臓の鼓動を刻み続ける。ただそこに広がるのは5%の感動と、95%の非現実感だった。こう聞くと冷たい夫に思われるかもしれないが、男性にとって妊娠という行為は成す術がないものでもある。

重たい荷物を持つ、生鮮食品を買って帰る、洗濯は自分がする、お腹が冷えないようにブランケットを新調する……。できる協力は惜しみなくしたつもりだが、どうにもこうにも「役立たず感」がパパ予備軍には激しく襲ってくる。だからママは些細なことでも「ありがとう」を言ってあげることって実は大事かもしれない。

もちろん「私のほうが大変」という現実はそこにあるのだけれど、パパ予備軍はまだまだ現実感がない人も多い。けど、どうにか役に立ちたくて……、が根底にあるのを忘れちゃいけない。不器用な優しさしか表現できないパパ予備軍に気付いてあげてほしいし、足りないことは具体的に頼んでみるのがいいと思う。

「あなた臭いんだけど」。夫婦生活に衝撃が走る妊娠6カ月

モヤモヤしたパパ予備軍になって早6カ月。妊娠も6カ月を迎え、見るからにお腹ぽっこりの妊婦さんになった妻。赤ちゃんもキックを始めたりとすくすく育っている。なぜか東京事変の曲がかかると赤ちゃんが騒ぎ出すことが判明してきた頃、妻がカレーを欲するようになった。しかも大嫌いなピーマンも食べてみたいという。

本気でおかしくなったのかと思ってまた書物を漁るも、これはどうやら妊婦あるあるだったらしい。それにしてもチンジャオロースを頼むと親の敵を討つような眼光鋭い目線で私を見ていた妻が、バリバリとピーマンを食べている光景は信じがたいものだった。そしてカレー(しかもインドカレー+ナン限定)もモリモリ。

こうなれば私はレシピ本を担当する編集者に頼み込み、おすすめのインドカレーレシピが載った本を紹介してもらい購入する。スーパーでクミンなどのスパイスを購入し、本格カレー作りに勤しむ日々。午前1時に帰宅して午前5時頃からスパイスを炒めはじめるという、もう修業のような生活をしていた。単純に人に料理を出す悦びを得たのだけれど。妻もほうれん草のカレーなど日に日に変わるカレーに歓喜していた。そんな生活が続いた10日後。また事件が起こる。

「なんかカレーの匂いがすごく嫌で」

飽きたのかなと思っていたら「スパイスがついた鍋と、それを洗ったスポンジをすべて捨ててほしい」なんて言う。これが悪阻(ツワリ)ってやつか!! スポンジは秒の早さで捨てたが鍋は高かったから捨てられず密封して隠した。もちろんピーマンなんて姿を見せただけで妻のボルテージが振り切れる。恋人同士、そして夫婦になってからでも、妻があれだけ匂いに怒り狂い、倒れこむ姿を見たことがなかった。その矛先はカレーとピーマンのみならず、夫の私自身にも向いた。

「ねぇ、あなた臭いんだけど。どうにかならない?」

帰宅後すぐにシャワーを浴びて、もちろん歯磨きもこまめにしていたのだけれど、生まれて初めて「臭い」と言われたのがこの瞬間。同じ部屋では寝れないとまで言われる。この頃から異様なまでの“スメハラ”加害者としての生活が始まる。子育て経験のある事務の女性に「悪阻だと思うのですが、俺って臭いですか?」と聞いて回り、みんなに“大丈夫よ”と励まされた時期だった。きっと悪阻の時期になればこのような経験もするパパも多いはず。けれど、これは本能的に赤ちゃんを守るためのママの行動。とはいえ傷つくけれどね、ジッと我慢するしかないんだ。

仕事なんてお構いなし!! その日は突然にやってくる

我慢を続け、いよいよ臨月がやってきた。出産予定日の前後3日間はしっかりと休みを取るように編集長がコッソリ教えてくれた。普段は鬼軍曹のような人なのに優しさが嬉しい。予定日まであと2週間。カレンダーに書かれた検診予定もあと少しとなった。一緒に検診にいってみると婦人科の先生が教えてくれる。

「赤ちゃんが生まれる準備をしています。すこし刺激してみますかね」

よくわらない機材でツンツンしている。妻もやや痛そうだ。眉間にシワを寄せながらその様子を見ていたら「旦那さまはロビーでお待ちいただけますか?」。看護師さんがやんわり出ていけと言う。ロビーで待っていると歩くのがやっとという感じの妻が戻ってきた。

そうとう刺激的だったらしい。それでもドクターのしたこと、臨月って思っていた以上に大変だなと思いつつ帰宅することに。翌日はとある風評被害で苦しむ企業へのインタビューが東北地方であった。早めに床に就いたものの午前3時、物音に気付き目を覚ます。横で妻が四つん這いになっている。

「これって陣痛だと思う」

陣痛が規則的に来るかカウントしてほしいというのでカウントしてみる。様子がおかしい。病院に電話するも「奥様に代わってください」とのこと。どうやら本人の声や呼吸を聞いて判断してくれるようだ。病院からの答えは「今すぐに病院にお越しください」。

登録してあった妊婦タクシーを呼んで、用意してあった入院グッズを携え、のたうち回る妻をどうにか支えて玄関へ向かう。いま思えばバカみたいな話だが、この時に私はまだ出産が近いとは思っていなかった。なんせ10日以上も予定日まである。

病院に着くやいなやドクターが来る。「昨日刺激したからかしらね。今日生まれそうですね」。いやいやいや、ちょっと待ってくれ。取材で東北に行かないといけない。我が子の誕生日になるのに今日休めない……。てかなんで刺激したの!? いろいろ頭はパニックだが、なによりも今は目の前で妻がつらそうだ。どうしよう。取り急ぎ早朝ではあったが両家の家族に連絡をとり応援要請をしてみた。刻々と新幹線の時間は迫っていた。

まずこの時点で出産に立ち会わない夫として、世間的には「人でなし」という烙印が押されたようなものだった。新幹線は時速280キロで北上する。仕事なんてものに縛られ一生に一回しかない我が子の誕生に立ち会えない。情けなくて車窓が涙で滲んでいた。それでも妻は「あなたにしかできない仕事。それで人を救えるのならいってらっしゃい」と送り出してくれた。頑張らないと……。取材を終えて東京行きの新幹線に飛び乗る。この時ほど日本の新幹線が遅く感じた日はない。

いつの間にか「パパ予備軍」じゃないんだ

走りに走って15時に病院に戻ってきた。妻の横にはまばゆく光る赤ちゃんがいた。3070gの娘はジーっと私を見ていた。感動した!! といきたいのだがまだ現実味がなかったのも事実。しかし家で赤ちゃんを迎える準備を進めるにつれ自分が父親になった実感は少しずつ湧いてきた。

退院の日。赤ちゃんとママで写真を撮ってくれるのがこの産院のサービスらしい。ニコニコ見つめていたら看護師さんが「パパもご一緒にどうぞ」という。私がちょっとぽかーんとしていると妻が言う。

「パパ、あなたですよ~」

あっ、そうか。もう私は“パパ”なんだ。つくづく男はダメである。子どもも妻も大好きだけど。

このライターさんの別の記事:仕事で父親学級に行けなかったパパが直面した苦悩と努力

この記事を書いたライター

マシューさん

30代。大学卒業後、どうしてもとある専門誌の編集部に入りたくて出版社の門をたたく。中小の編集プロダクションを落ちまくった結果、なぜか大手出版社の編集者として採用される。10年以上にわたり全国誌の週刊誌、書籍、Web媒体の編集に関わり、現在も勤務中。記事執筆時、9カ月と3歳の二児の娘のパパ。

マシューさんの記事一覧