子育ての悩みの一つに《しつけ》という問題があります。どのようにしつけたらいいのか、どのように子どもに声がけをしたらいいのか、子どもをきちんと育てたいと思うからこそ悩みますよね。
そんな悩みをもつご両親のために今回はアドラー心理学に基づいた子育ての考え方、子どもへの接し方について書かせていただきたいと思います。
アドラー心理学は子どものための心理学
まず初めに《アドラー心理学》という言葉をご存じでしょうか?《アドラー心理学》とは、オーストリア生まれの精神科医、アルフレッド・アドラー(1870-1937)の考えをもとに発展した心理学です。
アドラーは、軍医として第一次世界大戦を経験し、戦争の悲惨さに大変ショックを受けました。「世界によい未来をもたらす子どもを育てること」を考え続け、育児と学校教育こそが、暴力を使わない問題解決方法や良好な人間関係、ひいては良好な社会環境を形成すると結論づけ、そのための理論や療法を始めたのです。
アドラー心理学は、「勇気づけの心理学」とも言われています。最近よく聞く《叱らない、褒めない育児》というものも、このアドラー心理学の考えから来ているものになります。
アドラー心理学から考える子育ての目的
どこに向かって子育てしていけばいいのかという目標、つまり“ブレない軸”を親が持っていることが子育てをしてくうえでとても重要になっていきます。まずは、アドラー心理学ではなにを目標にしているのかという部分について知っていただけたらと思います。
アドラー心理学において、特に大事にされているのが「共同体感覚」というもの。
共同体感覚とは、一言でいうと、「一人ひとりが自分らしくいられ、お互いに協力し合える関係を周囲の人たちと築けている状態」のこと。「人が人を支配しないヨコの関係」と説明している方もいらっしゃいます。
この感覚を高めるには、自分が自分のことを好きになり(自己受容)、他者のことを仲間と認め(他者信頼)、人の役に立っていると実感する(他者貢献)という3つの条件を満たすことが必要です。また、これらの条件は「人間の幸せの条件」ともされています。
子どもの共同体感覚を高め、最終的に「自立」させることがアドラー式子育ての目標です。アドラー式子育てにおける自立は、単に独り立ちすることではありません。独り立ちしたうえで、社会と調和して暮らすことを目指すのです。
勇気づけの言葉がけ
では、前途した目標に向かっていくためにどのようなことをしたらよいのでしょうか。
まずは、ご両親が《人間はすべて対等で、人間としての価値に上下はない》と考えることから始めましょう。大人も子どもも対等、つまり親子も対等であるということ。アドラー心理学では、子どもに「ほめる」という評価はしません。また、子どもが言うことを聞かないときに、感情的に叱ったり、罰したりもしません。対等な人間関係を築き、課題を解決するために学ぶのは、“勇気づけ”の方法です。
実際に子育ての場面で勇気づけの言葉がけとは、どんなものなのでしょうか。
子どもになにかをしてほしいとき、「~をして」「~をしなさい」と命令口調になってしまうこともありますよね。しかし、親と子は対等であると考えると、命令口調ではなく「~をしてくれませんか」「~を手伝ってくれませんか」というお願い口調を使います。ここで大切なのは、やるかやらないかを決めるのは相手。つまりお子様が決める余地を作ることです。
そんな優しい言い方でうちの子はやってくれるか心配と考える方もいらっしゃると思いますが、これはお願いなのでやらないと決めたらその意見を尊重しましょう。そして、《子供は親の言うことを聞く》という考えはぜひ捨ててくださいね。
アドラー心理学の考え方では、子どもを褒めるということもしません。では、お手伝いをしてくれた時はどのような言葉を使っていくのでしょうか?
「ありがとう」という言葉で感謝を伝え、「うれしい」「大好き」という言葉でうれしいという気持ちを伝えていきます。「いい子ね」などという評価の言葉を、気持ちを伝える言葉に変えて伝えてみましょう。大好きなお母さんやお父さんが喜ぶ姿は、大人が思っている以上に子どもにとってはうれしいものなのです。すると、またやろうという気持ちを育てることに繋がります。また、「~ちゃんが手伝ってくれて助かったわ」という言葉を使うこともおススメです。自分が役に立ったとお子様は考え、貢献心がはぐくまれます。
このような言葉を使っていくことで、「勇気づけ」に近づいていきますよ。
褒めるのはいけないことなのか?
「褒めたらダメなの?」と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。もちろん、子どもを褒めることがいけないわけではありません。しかし、ちょっとしたことでも褒めてばかりいると、子どもにとって逆効果です。
子どもを些細なことで頻繁に褒めていると「褒められる状況」が当たり前になってしまい、褒められない状況に不安を覚えるようになってしまうこともあります。すると、進学や習い事、就職などで「褒めてもらえない環境」に属したとき、適応できなくなってしまいます。また、「自分がどうしたいか」ではなく、「大人はどう思うか」を基準に行動するようになり、「自分の意思で」行動する力が身につかなくなってしまうこともあると言われています。
「ほめる」と「しかる」は、いわばアメとムチで子どもの行動をコントロールしているようなものです。子どもに「ほめられるからやろう」「しかられるからやめよう」と発想させるのではなく、親は子どもが自分でやりたいと思ったことに対して見守り、自信を持って行動できるよう安心感を与えることをアドラー心理学では重視しています。
叱らない子育てとは
まず、「怒る」と「しかる」は混同されがちですが、全くの別物です。「怒る」というのは自分の感情を表に出すということで「しかる」とは異なります。
子どもは怒られて何かを学ぶわけではありません。だから「親は決して怒る必要はない」というのが、アドラー心理学が伝えたいメッセージでもあります。ただし、決して「怒ってはいけない」と言っているのではありません。怒るというのは愛情があることの裏返しです。
親が感情を無理に抑えていると子どもも「感情を抑えなきゃ」と思ってしまいます。大切なのは、先ほども言ったように、感情を使って子どもを操作しようとせずに、「これはやってはいけないこと」ということを簡潔な言葉で伝えることです。「あれはダメ、これもダメ」と多くのことを制限するのではなく、子どもが自分で決めたことに責任を持ち、いろいろな経験をできるようにしていくことが、アドラー心理学の子育てのいちばんの目的なのです。
感情的に短い言葉を使って子どもに伝える・・なんだかとても難しそうに思えますよね。では、実際の子育ての中ではどのような言葉を使っていけばよいのでしょうか。例えば、まず「それはダメ、あれはダメ」と言わなくて済むように、遊び始める前に《お約束を一緒に決めてみる》ことが重要です。
「今日はプールで遊ぼうと思うのだけど、楽しく安全に遊ぶためにお約束を決めよう」と伝え、「どんなお約束が必要かな?」と問いかけていきます。するとお子様は自身で考え「きょうだいと仲良く遊ぶ」「おもちゃはみんなで一緒に使う」など提案してくれます。足りない部分は、「~はどうかな?」などとご両親が促していきましょう。
おもちゃを一緒に使うというお約束が守れなかった場合、「おもちゃは一緒に使うって言ったじゃない!!なんで仲良く使えないの?」と怒鳴るのではなく、「お母さんは○○ちゃんと△△君がおもちゃを仲良く使ってくれると嬉しいのだけど、どうしたら仲良く使えるかな?」と伝え、勇気づけていきましょう。「終わったら貸してあげようと思ったの」という言葉が返ってきたら「じゃあ、△△君にちょっと待っててねって伝えてみたら?」と解決を促す言葉に変えてあげると、社会と調和して生きるための小さな体験につながっていきます。
叱らないは放任とは違う
叱らないと聞くと、それは放任になってしまうのでは?と疑問に思うかもしれませんが、叱らないことと放任は違います。
放任は、子どもが間違ったことをしても何もしないということを指します。親はやってはけないことを短い言葉で伝え、子どもが悪いことだとわかっていれば、それだけで十分なのです。わからない年齢ならわかりやすく説明すればいいでしょう。今すぐにわからなくても「わかってくれる(ときがくる)」という風に親が考えていれば、子どもは信頼してくれていると受け取ります。この積み重ねが信頼関係に繋がっていくのです。
見守る子育てとは
2020年の教育改革などでも、『主体性のある学び』の大切さを訴えていますが、親がなんでもやってしまう過干渉育児は、まさにその主体性がない子どもを育ててしまっているのです。本来、自己選択することこそが人生のはず。過干渉で育てられた子どもは、大人になっても自分で職場も結婚相手も何も決められない、自分の頭で物事を考えられない人間になってしまう、そんな恐ろしいリスクがあるのです。
ではご両親はどのようにしたらいいのでしょうか。子どもには“一人で遊ぶ力”がもともと備わっているので、子どもが遊んでいるのをただ見守ってあげればいいのです。これもまた、放任とは違います。スマホをいじりながら、全く子どものことを見なくなってしまうのではいけません。子どもは一人で遊んでいるように見えても、時々親が自分のことを見てくれているか、確認しています。そのとき、親が自分のことを見守ってくれていると感じると、安心して、また自分の遊びの世界に戻っていけるのです。
余計な手出し、口出しをせず、子どもがすることをじっと見守る。言葉にすると簡単ですが、これができている人は実はごく少数ではないでしょうか。忙しい共働きのご両親は少しでも空き時間があれば、あれをしよう、これをしようと、あくせく動いてしまいます。そうではなく、じっと子どもがやっていることを見守って、子どもが失敗しようが何をしようが自由に遊ばせる。子どもがやることを先回りして、手出し口出しするほうが、親としては実は楽なのです。色々注意して、言うことを聞かせたほうが育児をした気になるからです。
あえて手出し口出しせず、見守るという選択は、勇気が要る行為です。子ども自身が『これをやろう』と決意し、自ら動き出すのを待つ。そして親は子どもに指示してやらせるのではなく、子どもがやろうとしていることを援助する。そうすることによって、子どもは自立し、自分で生きていく力を育むのです。
ここで重要なのは、命に関わるようなケガをしそうなときや、誰かを傷付けてしまいそうなときは「ダメ!」と注意しなくてはならないということ。見守る”とは、裏を返せば“いつでも出ていけるように用意しておく”ことでもあります。見守るということで、お子様との信頼関係を築き、自主性を身に着けることに繋がるということですね。
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最後に
アドラー心理学に基づく子育てについてご紹介させていただきました。いかがでしたでしょうか?
子育てをする上では、完璧を目指さないということはすごく大切だと思います。余裕があるときに、言葉がけを少し意識してみるとか、親が無理なくできるところから、子どもに「自分は能力がある」「親は仲間だ」と感じてもらえるような対応をやってみるという形で取り入れていただけたら幸いです。
筆者の子どもが通う保育園はアドラー心理学が流行る前から、この教育方針で保育をしています。1歳で入園し最初に驚いたのは、「結末の体験を大切にしています。」という先生の言葉でした。
親になりまだ1年。しつけをしっかりしなくてはという焦りや、どのように子どもと接したらいいのかと自問自答する日々の中で、この言葉は「見守ること」の大切さを教えてくれました。おもちゃの使い方が違うときや、高いところに上ろうとしているときはどうしても先回りして口出ししてしまいそうになりますよね。そんなときにこの言葉を思い出すことで、見守るという接し方にシフトできたように思います。そのあとおもちゃが壊れたら、こうやって使うと壊れるとか、高いところに登れたという結末を体験することで、子どもはその体験から学び、自信につなげているのだと実感しています。
大人にとっては小さなことでも、子どもにとっては日常の小さな出来事一つ一つが大切な経験となるということを日々意識し子どもと接しています。そして親が思っているほど、子どもはなにもできない存在ではないことも日々感じさせられる毎日です。